理事長あいさつ
ともに福祉会のホームページをご覧いただきありがとうございます。 私たちともに福祉会の事業運営は、「卒業後の進路保障」を基本目標にして平成5年から開始し、不本意な在宅者をなくし、どんな障害の方も利用できる施設づくりを目指し、また仲間たちと一緒に働くこと、社会参加や余暇活動を楽しむこと、地域で当たり前に安心して暮らしていくことなど、仲間たち一人ひとりの「権利保障」を基本理念として実践してまいりました。 そして私たちの実践においては、次の3つの重点目標を掲げています。
1つめは、利用している仲間たち一人ひとりを主人公にした運営をするということです。当然と言えば当然のことですが、この中には(1)障害を問わず必要な仲間を受けとめようということ、(2)一人ひとりに合った仕事や活動を保障しようということ、(3)専門的な支援を保障しようという考え方が含まれています。
2つめは、関係者の願いを反映した運営をしていくことです。この取り組みの成果は、多くの皆さんの理解や協力のもとで創り出されたものであり、みんなの「共有財産」だと考えています。多くの皆様に活用していただきたいと思います。その中で、仲間たちやご家族、職員、関係者などの願いを生かすとりくみしていきます。
3つめは、誰もが当たり前に暮らせる地域づくりを目指す運営をしていくことです。私たちのとりくみは「箱づくり」ではありません。施設を地域で活動し、一人ひとりの願いを実現するための拠り所としながらも、一市民としての生活を保障していくことを目指しています。そのためには地域の多くの団体、個人の皆様と手をつないでいくことを前提としています。
ともに福祉会では、以上のような基本理念・重点目標を具体化するために、利用者の代表も含めて委員会を作り、『将来構想計画』を策定してきました。現在第3期目の将来構想計画を推進しています。本計画では、基本の柱として(1)人材育成、(2)成年後見のとりくみを含む暮らしの場の充実、(3)災害対策を含む地域づくりとなっています。
私たちは、障害のある方が地域で孤立することなく、集団や社会参加の中で、自己評価・社会評価を高め、自己肯定感を育めるよう事業運営をしてまいります。そのためにも市民の皆様、行政や関係機関、各種団体との相互理解や協力関係を築きながら、微力ではありますが、引き続き仲間たちや地域の共有財産づくりを進めてまいります。
1つめは、利用している仲間たち一人ひとりを主人公にした運営をするということです。当然と言えば当然のことですが、この中には(1)障害を問わず必要な仲間を受けとめようということ、(2)一人ひとりに合った仕事や活動を保障しようということ、(3)専門的な支援を保障しようという考え方が含まれています。
2つめは、関係者の願いを反映した運営をしていくことです。この取り組みの成果は、多くの皆さんの理解や協力のもとで創り出されたものであり、みんなの「共有財産」だと考えています。多くの皆様に活用していただきたいと思います。その中で、仲間たちやご家族、職員、関係者などの願いを生かすとりくみしていきます。
3つめは、誰もが当たり前に暮らせる地域づくりを目指す運営をしていくことです。私たちのとりくみは「箱づくり」ではありません。施設を地域で活動し、一人ひとりの願いを実現するための拠り所としながらも、一市民としての生活を保障していくことを目指しています。そのためには地域の多くの団体、個人の皆様と手をつないでいくことを前提としています。
ともに福祉会では、以上のような基本理念・重点目標を具体化するために、利用者の代表も含めて委員会を作り、『将来構想計画』を策定してきました。現在第3期目の将来構想計画を推進しています。本計画では、基本の柱として(1)人材育成、(2)成年後見のとりくみを含む暮らしの場の充実、(3)災害対策を含む地域づくりとなっています。
私たちは、障害のある方が地域で孤立することなく、集団や社会参加の中で、自己評価・社会評価を高め、自己肯定感を育めるよう事業運営をしてまいります。そのためにも市民の皆様、行政や関係機関、各種団体との相互理解や協力関係を築きながら、微力ではありますが、引き続き仲間たちや地域の共有財産づくりを進めてまいります。
理事長:矢口幸一
ともに福祉会の沿革
1979(昭和54)年に養護学校(現特別支援学校)の義務制がスタートしました。と同時に「卒業後の進路」が大きな課題になってきました。卒業した後、通う場所がなくやむなく「在宅」生活を余儀なくされる問題でした。在宅生活に戻るということは、社会との関わりも希薄になり、いろいろな力を発揮する機会もなく、生きがいや自己肯定感を体得していく機会も失っていくことにつながる大きな問題です。
こうした状況をなんとか克服していこうと全国的にも「作業所づくり」のとりくみが大きな広がりを見せていました。ここ春日部においても、市内の5団体が共同で「作業所づくり」のとりくみが起こり、 昭和58年4月に春日部市で最初の公立作業所「ふじ授産センター」が開所します。しかし、作業所ひとつだけではすぐ定員いっぱいになり、また重度・重複障害の希望者はなかなか利用できる条件がありませんでした。
こうしたことから、引き続き「どんな重度障害の人も利用できる」作業所づくりを目指すため、障害児・者の暮らしを守る市民の会が発足(1983・昭和58年)しました。また昭和60年に春日部市手をつなぐ親の会も発足しました。 両者はその後10年間独自のとりくみを進めますが、平成4年に春日部市との協議の中で、両団体が共同で運営委員会を組織し、「デイケア施設」(埼玉県単独事業)を運営することになりました。こうして開所したのがデイケア施設・ともにハウスです。運営委員会は、開所直後から次の展開を構想しました。より安定した運営基盤の確立とより多くの利用者の受け入れ、そして利用者・家族の多様な願いに応えるための運営母体の法人化と施設の認可化を目指したのです。デイケア施設を運営しながらの法人化と認可施設づくりは、家族や関係者に大きな困難と多大な負担が伴いましたが、どんな障害の人も通える施設づくり、当たり前に暮らせる地域づくりの理念が大きな原動力となり、また多くの市民の皆さんと行政のご理解・ご協力がこのとりくみを後押しして下さり、平成9年3月に社会福祉法人が認可され、平成10年1月に認可施設ともにハウスが開所し、現在に至る基礎となりました。
こうした状況をなんとか克服していこうと全国的にも「作業所づくり」のとりくみが大きな広がりを見せていました。ここ春日部においても、市内の5団体が共同で「作業所づくり」のとりくみが起こり、 昭和58年4月に春日部市で最初の公立作業所「ふじ授産センター」が開所します。しかし、作業所ひとつだけではすぐ定員いっぱいになり、また重度・重複障害の希望者はなかなか利用できる条件がありませんでした。
こうしたことから、引き続き「どんな重度障害の人も利用できる」作業所づくりを目指すため、障害児・者の暮らしを守る市民の会が発足(1983・昭和58年)しました。また昭和60年に春日部市手をつなぐ親の会も発足しました。 両者はその後10年間独自のとりくみを進めますが、平成4年に春日部市との協議の中で、両団体が共同で運営委員会を組織し、「デイケア施設」(埼玉県単独事業)を運営することになりました。こうして開所したのがデイケア施設・ともにハウスです。運営委員会は、開所直後から次の展開を構想しました。より安定した運営基盤の確立とより多くの利用者の受け入れ、そして利用者・家族の多様な願いに応えるための運営母体の法人化と施設の認可化を目指したのです。デイケア施設を運営しながらの法人化と認可施設づくりは、家族や関係者に大きな困難と多大な負担が伴いましたが、どんな障害の人も通える施設づくり、当たり前に暮らせる地域づくりの理念が大きな原動力となり、また多くの市民の皆さんと行政のご理解・ご協力がこのとりくみを後押しして下さり、平成9年3月に社会福祉法人が認可され、平成10年1月に認可施設ともにハウスが開所し、現在に至る基礎となりました。
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